監修者:石井千湖 プロフィール1973年生まれ、ライタ- ・書評家文学賞

小説には様々なジャンルがあります。近年ではジャンルの垣根も暖昧になっていますが、大きく分けると純文学と大衆文学に区分され、与えられる文学賞も異なります。
一般的に、純文学は芸術性に重きを置いた小説、娯楽性や時代の流行などよりも、「人間はいかに生きるべきか」というような、作家自身のテーマや意識、文体を大切にした小説と言われています。

一方、大衆文学はエンターテイメン卜系などとも呼ばれ、読者の興味をそそる娯楽として書かれた小説と言え、ミステリーや恋愛小説、ハードボイルド、歴史小説など、幅広く様々なジャンルを含んでいます。

また、文学賞の歴代の受賞者を眺めてみると、大衆文学の大家と呼ばれているような作家が、かつては純文学を志していたことなどを垣間見ることができます。例えば、推理小説に大きな足跡を残した松本清張氏が、純文学の賞である「芥川賞」をを受賞していたりします。

「公募」と「非公募」

文学賞の選考方法については、「公募」と「非公募」のどちらかに分けられるものがほとんどです。

「公募」の場合、基本的には未発表の原稿を作家自身が応募し、その中から受賞作が決まります。新人発掘のための賞が多く、純文学・大衆文学、どちらのジャンルでもこうした賞が設けられています。「新人賞」という名前がついていても、未発表作であればプ口・アマを間わず応募できるものがほとんどで、デビュ-した後に“箔をつける” ためにプ口が応募することもあります。

一方、「非公募」の場合は、すでに発表された作品の中から主催団体によって候補作が選ばれ、その中から選考委員による検討を経て受賞作が決まります。例外的に、「投票制」というスタイルの文学賞も存在します。今ではすっかり知名度が上がった「本屋大賞」などがそれに当たり、全国の書店員がその年一番お薦めの本に投票し、受賞作を決定するというものです。それではまず、皆さんもよく耳にする「芥川賞」と「直木賞」について、ご紹介いたしましょう。

芥川賞・直木賞

毎回受賞作が注目される芥川賞。正式名称は「芥川龍之介賞」と言い、公益財団法人日本文学振興会が主催する純文学の新人賞です。

発起人は文義春秋社の創業者である菊池寛です。1927年に亡くなった芥川龍之介の業績を記念して、1935年に創設されました。年に2回、純文学の新人・無名作家を対象に受賞作が選ばれています。

直木賞も、直木三十五という小説家を偲んで創設されたものです。直木三十五は時代小説で有名な流行作家でしたが、若くして1934年に亡くなりました。そこで芥川賞と同じく、友人でもあった菊池寛によって、大衆文学の新人作家のための文学賞として、芥川賞と一緒に「直木三十五賞」が始まったのです。

ただし、現在は両賞共、新人作家だけでなく、中堅作家を含めた文学賞になっています。そうなった経緯には様々な理由が挙げられますが、世として回を重ねるごとに「読ませる」ための完成度や筆力が重視されるようになったことが、一つの要因と言えそうです。

受賞作は誰が決める?

受賞作の選考にあたっては、対象期間に発表された作品から、主催者である文藝春秋社のスタッフが何度も社内会議を重ねながらノミネー卜作品を決定します。その後、選考委員による選考会が行われ、最終的な受賞作が決まるのです。

直木賞の選考委員を務める北方謙三氏は、どちらもその賞を受賞したことがありません。「受賞した」こともさることながら、「受賞しなかった」ことが話題になるのもこの両賞ならでは。島田氏も北方氏も、数回ノミネー卜されながら受賞には至ませんでしたが、それはその時々の選考委員の文学観や競合作など、様々な要因があってのこと。実力・識見豊かな作家の場合、受賞歴がなくても選考委員を務めることがあるようです。

純文学系の代表的な新人賞としては、「文學界新人賞」「群像新人文学賞」があります。この賞を受賞した新人は芥川賞を授賞する確率が高いと言われています。1955年に始まった文學界新人賞の第1回受賞作は、石原慎太郎氏の「太陽の季節」。

この作品はそのまま芥川賞を受賞し、描かれた若者像と共に大きな話題を呼びました。その他にも城山三郎氏、片山恭一氏、長嶋有氏など、多くの有名作家を生んでいます。

一方の群像新人文学賞は1958年に始まり、村上龍氏、村上春樹氏を始め、筆野頼子氏、多和田葉子氏、阿部和重氏など、実力・話題性を兼ね備えた作家を多数輩出し続けています。
この他、綿矢りさ氏(第130回芥川賞捜賞)を輩出した「文藝賞」、田中慎弥氏(第146回芥川賞受賞)を輩出した「新潮新人賞」なども注目度が高い純文学系の新人賞です。

エンターテイメン卜系の新人賞

エンターテイメント系は分野が.広いだけに、賞も多種多様です。

中でも歴史ある短編公募賞「オール讃物新人賞」は、西村京太郎氏、藤沢周平氏、赤川次郎氏、宮部みゆき氏などの売れっ子作家を多数輩出したことで知られます。

長編小説の分野ではミステリ一系の長編公募賞「江戸川乱歩賞」が、テレビ局による映像化の確約、賞金1000万円という豪華な副賞で有名です。その受賞者リストには、陳舜臣氏、森村誠一氏、東野圭吾氏、桐野夏生氏など、ベストセラ一作家が名を連ねています。

また、比較的新しい賞ですが、「小説すばる新人賞」も、村山由佳氏、萩原浩氏、三崎亜記氏などの話題の作家を輩出した賞として、注目度が増しています。

最高権威の文学賞

新人向け文学賞の多様性に比べると、キャリアを重ねた作家が狙える文学賞は数が限られます。

その上で、権威ある賞の定義をあえて定めるなら「その賞を受賞したら、その後に貰うべき賞はもうない」というものになるでしょう。

その定義に従うと、純文学の場合は「読売文学賞」が、エンターテイメント系では「吉川英治文学賞」が最も権威ある賞と言えそうです。尚、さらに別格の賞となるとノーベル文学賞がありますが、厳密に言えばノーベル文学賞は作品に与えられる賞ではなく、作家の創作活動に与えられる賞です。天皇陛下の名において授与される紫綬褒章も同様に、作家の業績に対して贈られます。

どれだけ売れるとヒット?

文学賞の目的の一つは、書籍の販売を後押しすること。出版不況の現在、コミックではない一般書籍で3万部売れればヒットと言われるそうです。文芸書のジャンルで10万部単位の売上があれば、ベストセラーと言っても過言ではありません。

尚、これまで最も売れた小説単行本は、片山恭一氏の「世界の中心で、愛をさけぶ」です。2001年の初版刊行後、映画化された2004年地点、で321万部以上が発行され、歴代1位となりました。面白いことに、この作品は主だった文学賞を受賞していません。書店での広告や口コミなどによって評判が広がり、ビッグヒットになったと言われています。

そうしたことを考えると、“今いちばん売りたい本” をコンセプ卜に、全国の書店員による投票で受賞作が決定する「本屋大賞」は、今後注目の文学賞かもしれません。次にどんな作品が、発行部数記録を塗り替えるか楽しみです。