顧問先から依頼を受ける案件の中には、会計事務所で処理を完結するよりも、その種の専門家と手を組んで対処する方が、よりスムーズで的確に対応できることがあります。会計事務所はどのような時に他士業に協力を求め、どのように良好な関係を作っているのでしょうか。今回は、他士業と提携しWin・Winの関係を築いている事務所の事例について、ご紹介いたします。

私道の評価で、不動産鑑定士の力添え始めにご紹介するのは、相続案件の依頼者には、不動産鑑定士による評価をオプションとして紹介するという事務所にお勤めの50代・男性所員の方のお話です。

「相続税額の算定にあたっては、土地の評価が極めて重要なポイントであることは多くの依頼者がご存じです。大きな金額が動くとなれば当然ながら慎重になり、評価算定の過程で『税理士だけの評価で大丈夫だろうか『不動産の専門家にも相談すべきではないか』と不安になることも珍しくありません。そこで、セカンドオピニオン的な選択肢を最初に提示しておくことで、お客様の不安の芽を事前に摘み取ってしまうのです。効果はテキメンで、この対応を始めて以降、依頼者が私共で算出した税額に対して疑念を持たれ、『他の先生にも相談する』といったことが激減しました。特に、財産に私道が含まれている時は要注意です。過去に私道の評価額が争われた裁判では、国側が指摘した評価額は2400万円、納税者が選んだ鑑定士による評価額は150万円と、大きな開きがあったそうです。立場の遣いで・見方が.変わっている部分が大きいのでしょうが、お客様に安心していただくためには、充分な経験がある鑑定士を探すことが大切です。また、土地の評価には土地勘といったものも重要になります。そのため、お客様が所在する一定地域ごとに不動産鑑定土とお付き合いがあると、事務所としても安心です」と語ってくださいました。

不動産鑑定土によるサポートという選択肢を予めお客様に提示することで、お客様の不安を払拭するというお話でした。

社会保険労務士の協力で、雇用調整か税制活用かを判断

続いては、2年前から社会保険労務士との提携を本格的に始めた会計事務所にお勤めの50代・男性所員の方のお話です。

「お客様のことを思えば、社会保険労務士(以下、社労士)の先生との協力体制を築くべきだと思います。社会保険料は国税や地方税と同じく支払いの義務が生じるものです。企業経営者にしてみれば、社会保険料は支出という大枠では税金と同じで、いかに無駄なく、かつミスなく納めるかが重要となります。また、経営上の判断に対して、税理士と社労土が双方の専門知識を提供する意義は非常に大きなものがあります。例えば、事業の先行きが不透明な状況において、経費削減を志向し社会保険を含めた人件費削減を検討するのか、あるいは、雇用促進税制などを活用して従業員を拡充して業務拡大に打って出るのか、という選択があります。そうした経営判断の際に、『税理士・社労士双方の視点から助言をもらえるのはとても心強い』、とお客梯に喜ばれています。また、税理士・社労士と個々に顧問契約を結んでいる企業はたくさんありますが、士業同士が密に連携する体制があると、同業者が入り込もうとしても隙を与えない大きな防壁にもなります」とのことです。

お互いの専門知識を持ち寄ることで、顧客の選択幅が広がると共に、ライバルの参入を防止するリスクヘッジにもなるというお話でした。

固定資産税の根拠となる再建築費を、建築士が再鑑定

昨今、建物部分の税額根拠となる再建築評価額の再鑑定を望まれる方が増えているそうです。とある事務所の30代・男性所員の方にお話を伺いました。「固定資産税は、新築時に決定された再建築評価額に毎年の経年減価補正率と税額を掛けて算出するもので、その計算自体はシンプルなものです。問題は基本となっている再建築費が正しいかどうかです。これは建築物を構成する基礎、屋根、内外装、設備などの品質と数量が積み上げられて決まるのですが、はっきり言って設計図や積算書から私たち会計事務所の人間が、諸経費を適切に拾い上げるのは極めて困難です。どうしても一級建築士事務所、とくに積算を得意とする事務所の協力が不可欠になります。そのため、建築士の先生には成功報酬として、再鑑定の結果、税額が現状よりも低くなれば役所に訂正させた上で差額の一部をお支払いしています。依頼者からすれば、今後建物を手放すまでずっと続く納税額ですので評価が下がった時には非常に喜んでいただけます」とのこと。

固定資産税は、都心なら都市計画税と合わせて高額になりがちです。税額根拠となる評価額を再鑑定することで、大きな節税につながるとのことでした。

弁護士の協力は、組織再編税制などに不可欠

次の事例は、日頃から弁護士と連携を取り合い、協同して業務に当たっているという会計事務所です。弁護士と聞いて思い浮かぶのは相続に関する事案などですが、どうなのでしょうか。40代・男性所員の方がご紹介くださいました。「もちろん相続案件で弁護士の力を借りることもありますが、私たちの事務所の強みは、税務調査への対策として弁護士とタッグを組んでいることです。特に会社の組織再編税制に関わる調査の時は、必ず弁護士のサポートを仰ぐようにしています。

企業制度や会社法が複雑化するにつれ会計事務所の所員にも幅広い法律知識が求められるようになっています。しかし、私達は税法については精通していますが、民法や会社法についてはさほど詳しくはありません。特に組織再編税制については毎年の用に改正があり、そのすべてを会計事務所で把握するのは難しくなっています。そこで弁護士の先生にサポ-トしていただくことで、絶対的に不足している法的な理論武装を整えています。

弁護士というと、訴訟時に活躍してもらうイメージが強いですが、申告処理の不備を突かれることがないよう、協力を得ている感じです。この対応は顧問先にも好評です。顧問弁護士を雇える中小企業は限られます。そのような中で、気心の知れた顧問税理士に一声かければすぐに弁護士のサポートが受けられるというのは会計事務所のステータスという意味でも大きなプラスです。顧問先の経営者の中には『ウチには顧問弁護士がいる』などと自慢げに公言している人もいるくらいで、弁護士との協業の恩恵は計り知れません」とのことです。

訴訟に備える提携ではなく、無用な税務訴訟などを避けるための提携が、会計事務所のステータス向上にもつながっているという事例でした。

民事信託で「永年顧客」に司法書士の協力で三方良し

最後は、司法書士との関係についての事例です。数年前から民事信託を相続案件に取り入れているという事務所にお勤めの40代・女性所員の方にお話を伺いました。

「最近は、民事信託制度を利用する人が増えています。信託は、民法の特別法で規定された「信託契約』を結ぶことで、民法の相続規定から外れた承継の望みを叶えるものです。それだけに契約書の作成には細心の注意を払います。契約内容に不備があれば法的な効力を失う上に、お客様の望む相続の形は人それぞれのため、ひな形のようなものが作れないのです。新しい制度なだけに手探りの部分も多く、ある事務所では、本菜、譲渡禁止財産に当たる銀行預金を信託財産に含めてしまったり、本来信託できない債務を含めてしまったりというミスによって、お客様に損害を与えてしまったという話も聞きます。そのため、私の事務所では、契約書を作成する際には必ず司法書士の先生に文面をチェックしてもらい、アドバイスを受けるようにしています。流れとしては、私たちが相続対策として信託を提案し、お客様の同意を得られた時点で司法書士の先生に関与していただきます。大きな額が動くため報酬も高くなり、先方からも歓迎されます。こちらにとっては、本来スポット案件である相続が、信託という「財産を継続的に管理する」案件となるため、お子様やお孫さんの代まで関係が続くことも大きなメリットです」と言ってくださいました。

信託という選択を通じて、会計事務所、司法書士、お客様の三方にとって最高の結果が得られるのなら言うことはありません。相続対策の新たな選択肢として、今後司法書士との協業体制は増えていきそうです。

顧問先からの依頼の内容はお客様によって様々です。他土業と協力関係を結び互いの専門知識を活かすことで、クオリティの高い成果を示すことができれば、顧問先の信頼は一層高まります。