新人の仕事は雑用からスター卜・・・会計事務所業界に隈らず様々な業種でよく聞く事例ですが、そこにはどんな意図があるのでしょうか。

初めにご紹介するのは都内にある有資格者も多数在籍する所員50 人規模の事務所です。20代・男性所員の方が新人時代を振り返ってお話くださいました。

「新人は雑用に徹する」という所長の方針の下、新人所員は入所すると、まず有資各者の先生の一人に補佐として配置されます。そこで資料や名刺の整理、ファイリング、郵送物の発送業務など、雑用一切をこなします。きちんとできて当たり前、ミスをすれば怒られるという日々が続き、今だから言えますが、はっきり言って全く面白くない仕事でした。

それでも先輩の『1年続ければ分かる』としいう言葉を励みに続けていたところ、実際に1年を過ぎた頃からでしょうか、自分に変化が生じていることに気が付きました。

まず、『雑用をやらされている』がという感じが消えていました。

それはおそらく、先生の補佐を毎日こなすことで、顧客情報の要点、や業務の流れが分かるようになり、予測や段取りがつけられるようになったこと、雑用と呼ばれるような地味な作業も一つの仕事を完成させるには欠かせないこと、そうしたことが理解できたからだと思います。

決められたことを正確に全うし、ルーティンで繰り返し実行することで身につくことの強さを実感しました」とのことです。

この方は、今は資格取得を目指しながら、中堅所員として新人の差配などを任されているそうです。

お客様の応対で自分を磨く

新人はとにかく多くのお客犠に会わせるという事務所もあります。

この事務所では月次訪問などで所長やベテラン所員が出掛ける時には必ず新人を同行させて「税務の現場に立たせる」と言います。

入所7年目の20代・女性所員の方によると、「得意先の訪問といっても大事な話は所長がするので、最初はカバン持ち程度の気持ちでおとなしくちょこんと座っていればいいと考えていました。

ところが先方との雑談の中で所長が私に話を振ってくるのです。

そして、『そうだよね』という同意を求める問いなら『はい』と答えるだけでいいのですが、所長は『どうかな?』と私に意見を求めてくるのです。

これには焦りました。結局その時は何も答えられず、ただニコニコしてごまかすことしかできませんでした。

でも、そんな応対では先生や先輩が恥をかくことになります。これではいけないと思い、以降は毎回、何を振られるか一生懸命予想し“予習” をして同行するようになりました。

お陰で事前準備の大切さを身にしみて理解することができましたし、時事問題などにも注意を払うようになりました。

もちろん、度胸も身に付きました」と、ちょっと荒療法とも言えるような新人教育の成果を教えてくれました。

実は、この事務所の所長によると「新人を同席させるのは気心の知れた顧問先ばかり」とのことで、先方も事務所の新人教育を理解してお付き合いくださっているそうです。

数字に慣れさせて適性判断

仕事っぷりから適正を判断するという事務所もあります。

とある事務所に他業界から転職した入所3年目の30代・男性所員の方と所長のお話です。「入社後半年聞は、ひたすらデータの打ち込み作業を命じられました。未知の業界への転職で、仕訳も科目も全く分からない中、意味の分からない単語と数字を入力するだけの作業はとても単調な仕事に感じました。

しかし、指示を出してくれる先輩方からは『とても重要な作業なんだぞ』という感じが伝わりましたので、わからない専門用語などはその都度調べながら業務に取り組みました。

そうして3カ月くらいたった頃でしょうか、数字と単語の意味がうっすらと分かり始めてきたのです。

すると、そもそもの会計制度や税制に対する興昧が俄然高まり、専門知識の習得により意欲的に取り組むようになりました」とのことです。

事務所の所長によると、「まずは毎日どっぷりと数字に浸かってもらうことで、多くの人が持っている数字への拒否反応を払拭します。

その上で会計や税務の専門家として資格取得などを目指すなら、有資格者の補助に付いて専門実務を学んでもらいますし、事務所所員として経理実務のエキスパートを自指すなら、その志向に沿って仕事や配置を決めます。

入所半年の『データ打ち込み期間』は、本人の志向性と適正を見極める大事な期間なのです」とのことです。

お話を伺った所員の方は、半年後に先輩税理士の補助となり、いまは資格取得を目指しているそうです。

電話応対で事務所を知る

続いてご紹介する事例は、「電話応対こそ新人教育の第一歩」として、入社したばかりの新人は事務所に入るすべての電話を受け、適切に応対することを徹底している事務所です。

入社2年自の20代・女性所員の方がお話くださいました。

「所長を始め、各担当者宛のすべての電話を受けるため、緊張の連続でした。

一応マニュアル的なものはあるのですが、事細かく記されている訳ではないので、その都度用件に沿った対応が必要になります。

お客様からのお電話では、ご用件の内容から担当者に取り次ぐべきか所長につなぐべきか、新規の問い合わせでは、法人の税務なのか個人の相続のご相談なのかなどによっても取り次ぐ担当者が違いますので、それらを瞬時に判断しなくてはなりません。

単なるセールスなら忙しい所長や先輩に回さず丁重にお断りする判断も必要です。

所内に誰が居て誰が外出中かなど、スタッフの動きなどにも気を配り一日中緊張が続く毎日でしたが、数カ月もたつと、事務所の業務の全体像が分かり、仕事の流れも見えるようになっていました」と、事務所の意図を完全に掴んだようでした。

トイレ掃除で学ぶ「気付き」

最後に紹介する事例は、ずばり『トイレ掃除』です。といっても、新人が一人でトイレ掃除を行うというものではありません。ご紹介する事務所では新入所員だけでなく、先輩所員や所長までも順番でトイレ掃除を行うそうです。

入社半年の20代・男性所員の方は、「新人がトイレ掃除をすると聞いた時は、旧態依然とした体育会系事務所に入ってしまったなと思いました。

しかし、所長までが掃除をすると聞いて、とても驚きました。そして、実際に掃除をするようになると、トイレ掃除一つでも、先輩や所長の掃除と自分の掃除に違いがあることがわかりました。

その違いを一言で言うと『気付き』です。

トイレの汚れをキレイにするだけでなく、どうすれば使う方が快適かと考えるといろいろなことが自に留まるようになります。

最初は自分が気付かなかったことを翌日の掃除で先輩が気付いて実践しているということも度々でしたが、やがて「考えて掃除する」ようになり、気付くことの重妻性を認識してからは、通常業務でも多くの『気付き』を見つけることができています」と、トイレ掃除の効果を話してくださいました。

この事務所の所長は、「阪急グループ創業者の小林一三翁は草履取りを命じられたら日本一の草履取りになれ。そうすれば誰も君を草履取りにはしておかぬ」という言葉を残しています。

何事にも真剣に取り組むことで初めて見えてくるものがあります。

新人にはそうした姿勢を身に付けてほしいと思っています」と、新入所員への思いを語ってくださいました。

新人時代の仕事の苦労は生涯忘れないと言われます。そこで託される仕事には所長や上司の思いが必ず込められています。

その思いが理解できた時が、会計事務所所員としての本当の デビューになるのかもしれません。