キャッツ有価証券虚偽記載事件における監査の限界の検討

<会社概要>

株式会社キャッツは、個人住宅を対象とする防蟻・防湿・防腐、家屋補強、耐久リフォーム等の「住まい」に関する事を業とする企業である。

1975年3月 三共白蟻消毒株式会社として、東京都渋谷区に設立。

1987年5月 株式会社キャッツに商号変更。

1995年10月 店頭市場に株式を公開。

2000年12月 東京証券取引所1部に株式上場。

2004年2月 民事再生法申請。

2004年11月 100%減資しヤマノグループの(株)ジャパンヘルス&ビューティー他から出資を受ける。

<事件概要>

株式会社キャッツ(以下A)の代表取締役Bらは、仕手筋に資金を提供し、株価が高値になるように誘導していた(株価操縦)のだが、資金繰りが厳しくなり、Bは、子会社等を通じて60億円を集め、知人Cの助言に従い(匿名組合や外国銀行を経由して)先の仕手筋からA社株200万株を買い取った。
その後決算期が近づくにつれ、当該60億円の会計処理が問題となった。この時点においてA社に返済能力は無い(当然仕手筋のことも明るみに出れば、会社の信用は失墜することになる為に隠蔽する動機が発生する)。そこで、Bが、額面30億円の小切手を2通振り出し、A社に差し入れた。ここでBに30億円の返済能力はないので、経理担当取締役は、従業員に対しこの小切手の支払呈示をして不渡りにしないように指示した。その後、A社の期末監査等で隠蔽工作がなされた。そして、これらの事実を半期報告書や有価証券報告書に反映させなかった為に虚偽記載となった。
公認会計士である被告人は、当時A社の監査にあたっていたあずさ監査法人において、その代表社員の一人であるとともに、A社に係るコンサルティング業務に関わっていた。被告人は、仕手筋から株を買い取ることについてBから相談を受けていた。具体的には、①被告人は、仕手筋から株を買い取ることについてBから相談を受けていた。②BがAから借り受けた60億円をA株200万株の買取り資金に充てたことを指示③Bには60億円を現実に調達する能力がなく、本件小切手が無価値のものであることその他、本件の粉飾に関わる隠蔽工作について認識しながらも、上記60億円に関する会処理理等について、Bらに対して助言や了承を与えてきた。

被告人は、虚偽記載を是正できる立場にあったのに、自己の認識を監査意見に反映させることなく、本件半期報告書の中間財務諸表及び本件有価証券報告書の財務諸表に、それぞれ有用意見及び適正意見を付すことを促した。
上記事実関係から、被告人は、虚偽記載のある各報告書をBが提出することを認識しながらも見過ごし、共謀したとされた。

<最高裁判決>

キャッツ粉飾:会計士の有罪確定へ 最高裁(22.6.1毎日新聞)
害虫駆除会社「キャッツ」の粉飾決算事件で、証券取引法違反(有価証券報告書の虚偽記載)に問われた公認会計士、細野祐二被告(56)に対し最高裁第1小法廷は5月31日付で、上告を棄却する決定を出した。懲役2年、執行猶予4年とした1、2 審の有罪判決が確定する。細野被告は一貫して無罪を主張していたが、白木勇裁判長は「虚偽記載を認識しながら適正意見を付しており、元社長らとの共謀が成立する」との判断を示した。
1、2審判決によると、キャッツと監査契約を結んでいた細野被告は、元社長=同法違反で有罪確定=らと共謀。元社長が仕手筋に渡った同社の株を買い戻すために同社から60億円を借り入れたことを隠すため、02年9月期の半期報告書と03年3月期の有価証券報告書に虚偽記載して関東財務局長に提出した。

<総論>

監査には様々な制約があるため、適正意見というのは財務諸表に間違いが全くないということではなく、「全体として利用者の判断を誤らせない程度の正しさ」しか保証していない。制約とは、財務諸表の作成には経営者による見積りや判断が多く含まれること、内部統制には状況によっては機能しない限界があること、監査が原則として試査により実施されること等であり、ここに監査の限界があると言われている。

本件における一連の粉飾決算に係る計らいは、会社が第三者と共謀して監査法人を欺いていたとされる。ここに監査の限界がある訳なのだが、監査報告書の利用者からすれば、「監査の限界」ではなく、「監査の失敗」とみられがちである。監査の目的はあらゆる不正を発見する精査の方式を行うことは、実務上不可能であり、その為、それを補完すべく経営者とのディスカッションや不正発見の為の内部統制の構築が重要なのである。また、監査は、時間的・経済的な制約がある中で実施されており、投資家がミスリードしないよう「重要な点」において財務諸表が適正かどうかすることに留まらざるを得ない。

粉飾決算が発覚する度に監査法人は「監査は不正発見を目的としていない」とか「監査には限界がある」という説明しかしない。不正発見のためにどういう手続をしたのか、その手続から不正が発見されなかったのはなぜか、について具体的な説明をしなければ、監査に対する社会的な信頼性を失うことになってしまう。

監査は、社会の信頼を得るに足る合理的な保証をしているに過ぎない。ところが、社会が絶対的な保証を求めると、会計士が果たす役割と、社会の期待にギャップが生じ、その解消が必要となる。期待ギャップ解消の方法は、①積極的に社会の期待に応える事、②監査の限界を社会に啓蒙する事の二つがあるとされている。絶対的な精度で保証が出来ない以上、社会に監査の限界を啓蒙するしかないと考える。また、期待ギャップを放置することは、社会の信頼を失墜し、制度崩壊が生じることは自明の理である。監査の手法を厳格にするだけではなく、今後においてより重視すべきなのは実施した監査について監査法人が監査手法について現状以上の理解を求めるべくより精密に説明していくことが大切なのでは考えます。