簡易課税と租税法律主義

日本国憲法第84条には「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする」と定められている。租税は国民の財産権に対する制限であるから、必ず国民の同意を得なければならないというこの考えを租税法律主義と呼びます。租税法律主義は、法律の根拠に基づくことなしには、国家は租税を賦課徴収できないという原則であり、公権力の行使を法律の根拠によってのみ認め、国民に法的安定性と予測可能性を与える機能を有する。そして、歴史的に見て、国民の権利を守るために、国家、国王の刑罰権と租税権に歯止めをかけることから立憲主義が始まったことを考え、租税法律主義はその内容として、「課税要件法定主義」「課税要件明確主義」を含むと解されています。

課税要件法定主義は、課税要件のすべてと租税の賦課徴収の手続きは法律によって規定されなければならないとするものであり、課税要件明確主義とは、これを前提に、その定めをなるべく一義的で明確でなければならないと要請するものです。

課税要件法定主義によれば、行政権が政令や省令等によって、法律上の根拠の無い新たな課税要件についての定めをなしえないことはもちろん、法律の定めに違反する政令や省令等が効力を持たないことは明らかであるが、憲法は法律の委任がある場合において、行政権への立法の委任を一定の範囲で認めていると解されています。では、租税要件及び租税の賦課・徴収に関する定めを政令や省令等に委任することが認められるとしても、どのような範囲の委任であれば許されるのかということが問題になります。そして、課税要件法定主義の趣旨から考えれば、それは具体的・個別的委任に限られ、一般的・白紙委任は許されないと解するべきとされています。この点で問題となるのは、具体的・個別的委任と一般的・白紙的委任との区別の基準ですが、具体的・個別的といいうるには、委任の目的・内容及び程度が委任する法律自体の中で明確にされていなければなりません。それゆえ、この基準に該当しない委任規定は、一般的・白紙委任として無効であり、したがって、それに基礎をおく政省令の規定も無効であると解するべきです。

消費税法第37条においては、「政令で定めるもの」以外のみなし仕入率を、60%とする旨を規定しています。そして、「政令で定めるもの」としては、消費税法施行令第57条において、第1・2種の卸売業・小売業である事業の定義及び法37条規定の第4種60%以外の事業区分のみなし仕入率を規定している。しかし、第3種及び第5種の具体的定義については規定されていません。結果として消費税法基本通達13-2-4が示す「概ね日本標準産業分類を基礎として判定する」との解釈・運用により実務処理されています。

この実態に関して、納付税額の算出に直接影響を及ぼす事業区分の判定が、とりわけ製造業・サービス業といった事業区分の判定が困難なものについて、通達基準に依拠せざるを得ず行政府の裁量に任されていることは、租税法律主義に反するという指摘があります。また、簡易課税の事業区分の問題に関しては、通達自体の法源性の他に、通達の内容が法律でない「日本標準産業分類の産業分類」に依拠している点も問題があります。

簡易課税の業種区分

簡易課税制度における業種の区分判定については、まず、消費税法37条の簡易課税の規定において、「・・卸売業その他の政令で定める事業を営む事業者にあっては、・・政令で定めるところにより当該事業の種類ごとに・・」と政令へ委任されている。これを受けて消費税法施行令の57条5項において、卸売業を第1種事業、小売業を第2種事業、農業・林業・製造業等を第3種事業、サービス業等を第5種事業、不動産業・不動産賃貸業等については第6種そして、これらに当てはまらないものを第4種事業としています。

これらの業種区分の判定の基準について、第1種事業と第2種事業については同施行令57条6項に具体的に定められており、第1種事業は「他の者から購入した商品をその性質及び形状を変更しないで他の事業者に対して販売する事業(消令57条6項)」とされ、第2種事業は「他の者から購入した商品をその性質及び形状を変更しないで販売する事業で第1種事業以外のもの」と定められている。

しかし、第3種事業から第6種事業の判定については、法令上、具体的な基準が示されておらず、消費税法基本通達13-2-4によって「令第57条第5項第3号《事業の種類》の規定により第3種事業に該当することとされている農業、林業、漁業、鉱業、建設業、製造業等並びに同項第4号の規定により第5種事業に該当することとされている不動産業、運輸通信業及びサービス業の範囲は、おおむね総務省で定める日本標準産業分類の大分類に掲げる分類を基礎として判定する。」とされているのみであって、租税法律主義との関係で問題となります。

さらに、日本標準産業分類は、そもそも税制の区分のための分類ではないため、法的安定性が害されるという問題がある。その問題が顕在化した例として歯科技工士の簡易課税の適用上の事業区分の分類をめぐる裁判例等があり、この裁判においてはサービス業と製造業の間の判定が問題となりました。

消費税の法令に判定基準が示されていないことから、これを補うべき適当な基準をどこに求めるべきかが問題となります。まず、同様に税法上で「製造業」という用語が使用されているものとしては、個人事業税や酒税が挙げられるが、それぞれの法律に「製造業」の定義が明文として規定されているわけではない。そして、当該法の目的や趣旨、その他の条文から考えて、それぞれの法における「製造業」という言葉の意味は異なっていると解されます。したがって、いずれにせよ他の税目に関する法令上の業種区分を援用することは困難です。

事業区分とみなし仕入率
事業区分 みなし仕入率 該当事業
第1種事業 (令57条5項1号) 90% (令57条1項) 卸売業

※1

(令57条5項1号)
第2種事業 (令57条5項2号) 80% (    〃   ) 小売業

※1

(令57条5項2号)
第3種事業 (令57条5項3号) 70% (    〃   ) 農業、林業、漁業、鉱業、建設業、製造業
電気業、ガス業、熱供給業及び水道業 ※2
(令57条5項3号)
第4種事業 60% (法37条1項) 第1種~第3種及び第5・6種事業以外の事業、第3種事業から除かれる加工賃その他これに類する料金を対価とする役務の提供を行う事業
第5種事業 (令57条5項4号) 50% (令57条1項) 不動産業、運輸・通信業、サービス業

※2

(令57条5項4号)
第6種事業 (令57条5項5号) 60% (    〃   ) 不動産業等 (令57条5項5号)
※1
令57条6項にて、下記のように事業の定義の規定がある。
「卸売業とは、他の者から購入した商品をその性質及び形状を変更しないで他の事業者に対して販売する事業をいうものとし、同項第2号の小売業とは、他の者から購入した商品をその性質及び形状を変更しないで販売する事業で、同項第1号に掲げる事業以外のものをいうものとする。」
※2
通達13-2-4~8にて、各事業区分の判定は、
「第3種及び第5種の事業区分は、おおむね日本標準産業分類(総務省)の大分類に掲げる分類を基礎として判定する。」(抜粋)旨の規定がある。

簡易課税制度の問題点

簡易課税制度による消費税額の納税額の計算は、中小事業者に対する事務負担への配慮の措置として特例的に認められます。そして、この簡易課税制度には、益税問題という消費税を考える上で必ず考察しなければならない問題があります。この制度の選択により生ずる益税問題は、幾度かの改正によりその適用上限額の引き下げることで、消費税の導入当初に比べて緩和してきてはいます。しかし、今後さらなる消費税率の引き上げがあった場合には、この益税問題をそのままにして税率を上昇させると、徐々に解消されつつあった益税問題が再び拡大することになります。このように益税問題というのは、納税者側に不正があることにより発生するものではなく、消費税制度の仕組み方により発生しています。

次頁における表は、呉善充氏が平成17年の「中小企業の財務指標(中小企業庁)」をもとに業種ごとに実際の仕入率を集計したデータであり、これを抜粋したものであす。この表によると現行法令に定められているみなし仕入率が、実際の仕入率に比べて高めに設定がされているということが一目瞭然にわかる。このように簡易課税制度の益税問題の多くについて、各業種に割り当てられたみなし仕入率の割合により算定された仕入税額と、本則課税を採用した場合における実績額との金額が、乖離していることにより発生していることを推測できます。

歯科技工所事件における業種区分の判定にあたっては、民間データであるTKC経営指標を引用し、みなし仕入率の妥当性を示して税負担の公平性・妥当性を論じ、歯科技工所の事業がサービス業に分類されることに不合理性はないと判示しています。しかし、簡易課税制度について規定している消費税法37条及び同施行令57条を条文通りに解釈すると、みなし仕入率は、同法令で規定されている業種区分について分類した後に、結果としてその当てはまる業種に該当する割合を適用すると考えられる。しかるに、本件高裁の判決は、実際の仕入率を根拠にその業種区分を判定しており、現行制度上における法的安定性の見地から疑念を抱かざるを得ません。

他方、簡易課税選択者は、本則課税による消費税額についても計算をし、結果として簡易課税の選択が税負担有利になると判定した後に、同制度を選択するということが多いです。このことから、簡易課税制度は必ず益税を発生させる制度といっても言い過ぎではないと考えられます。この点に関して「簡易課税選択適用者は消費税の計算及び帳簿保存に関する事務コストを軽減している分については本来ならば、本則課税適用者よりも税負担は多くなるべきである」との意見もあり、益税問題を解消するには、そもそもの原因である現行において高めに設定してあるみなし仕入率を、引き下げる必要性があります。今後においては、業種区分についても明確にすることに加え、みなし仕入率の割合の設定についても再検討する必要があります。

業種別の仕入率とみなし仕入率(平成17年)
業種 みなし仕入率 実際の仕入率(年間売上高規模別)
3,000万円以下 3,000万円超,
1億円以下
1億円超,
5億円以下
5億円超
卸売業 90% 78.3% 79.1% 81.5% 86.3%
小売業 80% 71.2% 73.2% 76.5% 80.3%
建設 70% 55.1% 60.6% 69.9% 78.4%
製造 70% 48.0% 51.1% 59.9% 69.1%
飲食宿泊 60% 52.8% 51.0% 51.8% 53.7%
情報通信 50% 45.5% 46.6% 50.3% 56.2%
運輸 50% 41.8% 41.0% 43.8% 52.1%
不動産業 50% 27.2% 36.2% 55.7% 73.7%
サービス 50% 41.6% 43.7% 47.4% 54.5%
(出典)財団法人関西社会経済研究所 呉善充氏「消費税における益税の推計」から抜粋